”日本人”として、力をつける〜「100年の価値をデザインする」を読んで学んだこと〜


Flickr20140305213026 by choiyaki

生まれてから今まで、様々なことを頭の中、脳みそで考えてきました。考えるときに使ってきたのは、ずーっと「日本語」で、それ以外の言語で考えごとをしたことはありません。日本語しかしゃべれないから。

ものすごく他言語に長けた人ではないかぎり、ぼくと同じように、考えごとは日本語でおこなう人がほとんどだと思います。

日本語で考えごとをしているということは、知らず知らずの間に、日本語に影響を受けている、ということ。

それが良いとか悪いとかではなく、思考は言語に影響を受けている、という認識をしておくことが必要かもしれない。そんなことを考えました。

”日本人”としてのセンス

本書の著者は、「工業デザイナー」として、世界で活躍されているのだそう。国内にとどまらず、国外でも自分の力が通用した理由の一つに、「日本人であること」を挙げています。

海外に出てみれば、日本人がいかに優れているかが実感できる。僕がフェラーリマセラティのデザイン責任者になれたのは、一人で世界に打って出たこと、いくつもの偶然に恵まれたこともあったが、やはり日本人として育ち、日本人が潜在的に持っているセンスを持っていることも大きかった。
自分の感情を表現することに優れている、日本語を使った思考能力、日本特有の、枝葉を大胆にそぎ落とす文化、日本人が持つ、周囲への敏感さ。

長所にも短所にもなり得る、日本人の特徴を、”強み”として活かすことができさえすれば、優れた力を発揮することができる、と言います。

周囲への敏感さは、「何を求められているのか?」を判断する際に役立ち、枝葉を大胆にそぎ落とす文化は、アイデアを出し尽くしたあと、余分なものを、大胆に切っていくときに生きてくる。

日本人が、日本人としてもっている力を引き出していくことが、世界で活躍するための大きな要因になってくるわけです。

”日本人”の弱み

ただ、日本人が潜在的に持っているのは、”強み”ばかりではありません。「議論力のなさ」。これが、最大の弱点である、と本書では述べられています。

確かに、思い返してみると、議論すること、ディベートすることを、学校教育で教わったことはあまりありません。元来、日本語というのは、感情を表現することに優れている反面、情報を伝えることには、かえって主張をぼかすような表現が多い。それに加え、議論することに慣れていなければ、自分の考え・主張を展開することは、より難しくなってきます。この”弱み”を認識し、強化しなければ。
まずは一人ひとりが自分の立場や状況をきちんと認識して、それを他人に説明することから始めるべきだろう。そして、対立する意見のある問題では、落としどころを考える
癖をつけ、トップダウンにも多数決にも頼らずに解決策を導き、決定する。そういう経験を積み重ねることによって、議論力を高めていく
議論力のなさをカバーし、日本人としての特徴を生かしていく。弱みを知り、強みを活かせば、日本人は世界に通用する力を持っている。

そんな、力強いメッセージが、本書からひしひしと伝わってきました。

おわりに

情報の全てを疑う。鵜呑みにするべからず。そんなメッセージもありました。

最近、「自分の考えの浅さ」を痛感することがあり、情報を鵜呑みにしてしまっている自分に何度も気づかされました。でも、今まできづけなかったのに、気づくようになったのは進歩。そうとらえて、今度はもっと、常に深く考えることができるようになりたいと、強く思っています。

では、お読みいただきありがとうございました。



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