まず試してみる。情熱を持って〜「グレイトフルデッドのビジネスレッスン#」を読んで学んだこと〜
みなさん、「グレイトフルデッド」というバンドをご存知でしょうか?
ぼくは全然知りませんでした。曲も聴いたことありません。
でも、このグレイトフルデッドは、なかなか常識では考えられないことをやたらとやってみて知名度をあげ、成功を収めてるんです。
デッドがいろいろとやったのは何十年も前の話なのですが、すごく先進的で今の世の中、こんだけネットが普及した世界でもヒントになることが十二分に含まれてる。
それが面白そうで、本書を読んでみようと思ったわけです。
戦略的インプロヴィゼーション
今でこそYouTubeなどで音楽PVや、時にはライブ映像が公式に配信されたりしていますが、ちょっと前までは、どこも躍起になってYouTubeにアップされた動画や音源を消去したり、アップされることを防いだりしていました。防ごうと考えるのがすごく真っ当に思えます。
だって、そこから手に入れられちゃうとCDが売れなくなっちゃうから。
ましてやライブの音源なんて広まっちゃえば、ライブに足を運んでくれる人が減っちゃう、ように思いますが、デッドはそれをチャンスに変えます。
わざわざ録音するためのエリアとかを設けちゃって、ライブの音声を高音質で録音させちゃったりするんです。
なぜか。
それは、彼らがインプロヴィゼーションを好むから。
即興演奏 Wikipedia彼らの演奏は一度として同じことがありません。ライブのたんびに即興を交え、同じコードを同じように弾く、なんてことをしません。
即興演奏(そっきょうえんそう)は、楽譜などに依らず音楽を、即興で作曲または編曲しながら演奏を行うこと。ともに歌を歌うことも含まれる。アドリブ(ラテン語:ad lib)、インプロヴァイゼーション(英語:improvisation)などとも言う。
グレイトフルデッドは、完璧どころか、同じ曲をいつも同じように演奏することにはなんの興味もなかった。ということは、ライブのすべてが一度きりの、超貴重な演奏ばかり。一回逃すともう二度と同じ演奏を聴くことはできません。
だからテープに録音されても一向にかまわない。だって、そのライブはテープで聴けるようになるかもしれませんが、次のライブは次のライブに実際に足を運ばないと聴けないんですもの。
熱狂的なファンは、一度たりとも同じ演奏のないライブに毎回行こうと躍起になるでしょうし、初めてライブの音源を聴いて「いいな」と思った人たちも、テープの演奏では満足できず、実際にライブを見に行くことでしょう。
これは、デッドがまだバーで演奏をしていた、見習いのときの象徴的なエピソードです。
彼らは毎晩同じ時刻になると近くの線路を、轟音を立てて列車が走って行くことに気づいたがどうしたか?列車が通過するのをじっと待ったり、音をかき消すくらいの大音量を鳴らしたりせずに、列車の轟音に合わせて演奏してみせた。そして、数日後には列車の音にゼムの”Mystic Eyes”の断片をつなぎ合わせて、”Caution"という曲を作り上げてしまった。普通なら演奏をぶち壊しかねない列車の音を、即興で自分たちの音楽の一部にしてしまう。
こんな即興に優れるデッドだからこそ、ライブの人気が爆発したわけです。
予期しない何か、たとえそれが歓迎されないもの(例えば走りゆく列車のノイズ、ビジネスの新たな競争相手、あるいは経済危機)であったとしても、それらを取り入れて自分に有利に働かせるのだ。
ファンへの尊敬の念
一度として同じ演奏のないライブを提供していたデッドは、同時にファンへの気配りやライブでの体験を本物にするためには、どんな努力も惜しみませんでした。ネットが普及した現在では、ファンからのフィードバックを得ることは比較的容易くなっています。が、デッドは、まだネットが十分に発達していな頃から、ファンたちのフィードバックを得るためにメーリングリストを立ち上げ、ファンからのフィードバックをより簡単に、素早く手に入れる環境の整備に務めました。
デッドは、ファンからのフィードバックを得るのが非常に困難であった時代にも、その方法を見つけようとした。さらに、彼らはそのフィードバックを、ファンの体験向上に活用した。また、委託していたチケット販売についても、より簡単に提要できるように、デッドの社内にチケット販売部門を設置しました。当然それに対するチケット販売業者の反対は大きかったに違いありません。
彼らはこのインソーシングを戦わずして達成したわけではない。たとえ戦うことになろうとも、それがファンのためであるならば最後までやり切る。
ファンの声を聴き、自分たちのライブを改善し、一度として同じ演奏をせず、とにかくファンの体験の向上に努める。
ファンへの尊敬を自分たちの行動に常に反映させることが、やがてファンにも伝わり、確固たるロイヤリティを形成したのだと思います。
ファンへの尊敬の念は、その演奏にも現れます。
「ドアーズはオーディエンスに向けて演奏する。ジョン・フォガティはオーディエンスに向かって唄う。しかし、ガルシアはオーディエンスに向かって演奏しない。彼は彼らとともに演奏する。」一度たりとて同じ演奏のない、デッドのライブ。
演奏に全力を尽くし、とにもかくにもライブへのこだわり、ファンの体験向上を目指すその姿勢が、”本物”の体験を観客に与え、場の共有が一体感を生む。
一度でいいからライブに行ってみたかったなぁと思いました。
おわりに
その他にもデッドは様々な事を試しています。広い会場全体に、良い音質の演奏を提供するために、すこぶる値段の張る機材を開発してみて、結局は使わなくなったり。ファンが勝手に、小規模に販売するTシャツなどのグッズを許可してみたり。
すべての試みが成功したわけではありませんが、それでもどんどん新しいことにチャレンジする。とにかくやってみる。
そんな姿勢が伺えます。
あなた自身がやりたいことを、情熱を持って行うことだ。そして顧客はあなたのそんな姿に気づいたとき、”本物”と認めるだろう。情熱を持ってチャレンジする。そのスピリットこそ、デッドの最大の武器だったのかもしれません。
では、お読みいただきありがとうございました。